投稿日:2014/04/01

最近、世の中の規範だとか常識だとか秩序だとか、そういうものの中に収まるものを疑ってかかれ!と思って生きています。
理由は、そこにすっぽり収まった人や物事に魅力を感じないから。
あっ、この人「キレイ」って思う人は、とても自由です。
でもって、物事の裏側や奥深いところまで見ている。

簡単に言うと本質を突いている。世の中に合わせるのではなく、自分の「質」、本質で生きようとしている。
だから、そういう目で社会を眺めて、思ったことをあーだこーだと自由に書き綴っていこうと思います。
きっと、それが「キレイ」につながると確信しています。私。

さて、最近の佐村河内さんや小保方さんの騒動。
後出しじゃんけんみたくて嫌だけと、世の中の大勢が良しとするものを、どうも受け入れられないなあという自分の感覚が、あとからの成り行きで、やっぱりね、ってこと、とても多いです。

だって、佐村河内さんのNHKのドキュメントは、気持ち悪いとしか言えない酔いしれ作曲風景とか、どーなの?って思ったし、小保方さんを初めて見て、こーいう子って、おじさん受けいいよな、とか、それほど美人でもないのに、合コンで絶対勝利するタイプって感じた女子は、掃いて捨てるほどいるでしょ。
それでも世間の持ち上げ報道は熱を帯び、その熱の分だけ、こき下ろし報道も熱を帯びる、と。

けれど、私が思うのは、最初に感じた自分の思いを貫けよ、ってこと。
佐村河内さんの曲を「ああいい曲」だなぁと感じたのなら、彼がゴースト使ってようが、そのゴーストも含めて、「チーム佐村河内」でこんな良い曲をつくってくれてありがとうでいいじゃん。

騙された、ひどい、失望した、とか、そういう感覚の中にいるのって、自分の感じた「質」に責任取ってない!って思う。
障害を利用したことが許せないというのも、障害者だからということも含めて受け入れた自分の「質」をもっと深く見たら、佐村河内さんを非難している場合じゃない。
障害者へのやさしさという名の逆差別とか、一筋縄ではいかない奥深い問題が隠されていますよ、その行動の中には、と思うのです。

小保方さんも、下世話な暴露話がいろいろ流布しておりますが、おやじ受けする小保方さんがいたからこそ、地味で長く苦しく、結果もいつ出るかわからぬ研究生活に一筋の光がさして、おじさんたちがやる気を持って研究できたとすれば、それはそれでいいじゃないのって、考え方もできる。

不正をしていいと言っているわけではありませんよ。
けれど、現実、佐村河内さんや小保方さんは、自分のした行為の責めを、この事実が表に出たということ自体で、すでに負っているわけです。

結局、世の中でおこるあらゆる物事の意味は、それを自分がどうとらえ、自分の感じた思いに、どう責任を取るかにかかってくると思います。
その物事でちょっとマイナスモードになったとしても、相手がいるなら相手の、世間の大勢なら大勢の「せい」にはしないこと。
反対に自分の思った通りだったとしても、それはそれだけのこと。

頭で考えるのでなく、感覚、直感で思ったことを大切にしていると、自分の「質」、本質が太くたくましくなってくる気がします。
そして、そうやって自分の感覚に責任とって生きている人は、みんなキレイ。
その人だけの独自のオーラがある。
何だか自分がくすんでいるな、ぼんやり膜がかかっているかな、と思ったら、美白美容液ももちろん試しますけど、自分の「質」磨きがオススメですよ。

マツイミユキ

コピーライター。
広告制作プロダクション、広告代理店勤務を経てフリーに。 我が強いくせに、気が弱いという二面性をもてあましながら仕事に励む日々。 尺八を習って10年という誰とも共有できない趣味と、茨城、笠間のガーデン・カフェに時々スタッフとして出没するという、自分でもよくわからないダブルワークを敢行中。




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