投稿日:2014/06/12




皆さん、梅雨の季節、うっとおしいと思う方、雨に打たれた紫陽花がこよなく美しく冴えると思える方、それぞれの想いの季節。今年ももう半年という月日が瞬く間に流れておせっかいの仲間たちの思いもまた格別な日を迎えました。

致知 みなさんは人間学を学ぶ、「致知」という月刊誌をご存知でしょうか。

書店では販売していない本でも今経営者を上回る勢いで若者に密かに広まっている雑誌でです。

そこで6月号に致知随想というコーナーで私のおせっかいに生きるという記事が掲載されたのです。
奇しくも母の命日月であり、母の日の近辺だったこともあり、母の姿から学んだ思い出を書いた記事が、一分で感動というコラムで紹介され、また、一日一言でも、、、。波紋が広がり、ついに大学の講義や、カナエールの審査員までお願いされることになりました。

若い時の人生に味わった苦しい事は気がつけば感謝に変わているのです。

今となっては遠い母との会話のなかに鮮明に残されているその言葉を未来の子供たちに残して上げることで、私は言葉の偉大さ、人を支えて人は生きて行くことを、改めて感じたのです。

最近、おせっかい協会では中野の街を、お掃除してゴミ拾いをして行くと雨の日には壊れた傘が17本晴れた日はタバコの吸い殻が格別多い

学生たち こういう気づきから改善させることまで追求できる学生になってほしいから、学生たちに声がけしてこの行動からおせっかいの大切さを学んでもらっているのです。毎週土曜日朝9時から10時まで最寄りの駅でゴミ拾いをしていく輪が広がることを願って、、、。

そして、外国語の通訳できる人、案内してあげられる人、沢山のおせっかいが溢れる日本で、東京オリンピックまでにおせっかいの輪があちこちに広がって、おせっかいTシャツを着た人が東京に溢れて、海外からの人々に温かい笑顔の日本を印象付けられたら素晴らしいことではないでしょうか。

今回は母の教育の一つとして、母の教えである言葉から生きて来れたいきさつを掲載しておきます。

私のおせっかいの原点には子供時代の辛い経験がありました。
「何で戦死してしまったの。手がなくても足がなくても生きて帰ってきてほしかった!」
そう泣き叫ぶ母のそばで10歳の私は、姉と妹とともに一緒に泣いていました。
良家に生まれた母でしたが、幼くして両親を大東亜戦争で夫を亡くしました。
戦後始めた事業もほどなく倒産。

手のひらを返したような世間の冷たさに晒され、押しかける債権者に家財道具一切を持ち去られました。
母の指から父の形見の真珠の指輪を強引にもぎ取る姿がいまも目に焼き付いています。
母はこの時、一家心中の瀬戸際にまで追い込まれていたのでしょう。
しかし、それを子供心に感じた時ガタッという物音が玄関から聞こえたかと思うとガラス戸に一枚の紙切れが挟まっていました。
そこにはこう書かれていたのです。

「あなたには3つの太陽(子供)があるじゃありませんか今は雲の中に隠れていても必ず光り輝く時がくるでしょうそれまでどうかくじけないでがんばって生きて下さい」
その手紙を読み聞かせながら母はハッと気がついてごめんね、ごめんねと謝って抱きしめてくれたのです。
おそらく私たちの窮状を見かねた近所の方だったのでしょう。
人間のちょっとした優しさに人の命を救うほどの力がある……

この時の強烈な印象そして一家を養うために身を粉にして働く母の姿が私のおせっかいの原点となったのです。
しかし、苦しい生活は終わることなくこのままでは学校に通わせることもできないと母は私を知人の家に預けることを決断。
そして送り出された私を待ち受けていたのが壮絶な“いじめ”でした。
空腹を我慢し冬は霜焼けで10本の指がただれていても雑巾がけ。
手をついて謝ってもこれでもかと足で頭を踏みつけられる……。
あまりの仕打ちにトイレで泣き明かすこともしばしばでした。

その小窓から見えた空とその中を自由に飛び交う鳥たちの姿そして母に会いたいという哀しい思いはいまでも忘れることができません。
「自由に大空を飛ぶ鳥のように世の中を自由に、自らの力で生きていこう。そして、人間としてわけ隔てない生き方をしよう」
と14歳の時に誓ったのでした。
いま思い返すとその後社会に出てからの私は子供時代の辛い体験と母や見知らぬ人から受けた温かい愛情に突き動かされるように幸せを追い求め無我夢中でおせっかいをばら撒いてきたような気がします。

「天知る、地知る、我知る。どんなに貧しくなろうとも心まで貧しくなってはいけません」
「あなたには、あなたのいっぱいいいところがあるじゃない」
苦しい生活の中で母が繰り返し唱えていた言葉です。
母はそのとおり本当に思いやりに溢れた人でした。
無縁社会という言葉も聞かれますがどんなに忙しくとも、人を想う心さえあればたった一言の言葉、たった一枚の紙切れでも人を救うことができるのです

次回は東洋大学200人以上の学生が集まってくれた場での、おせっかい定義の講義に、驚くほどの反響が、、、。
お楽しみに!

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高橋 恵 (たかはし めぐみ)

広告代理店、PR会社、様々な会社の営業を経て、1985年42才で二人の娘さんを抱え、会社を立ちあげる。サッカーの中田英寿選手、38才の若さで急逝したプロウィンドサーファー飯島夏樹さんなど多くのスポーツ選手のマネージメントをしているPR会社「サニーサイドアップ」創業者。
マンションの一室ではじめた小さな会社が、なぜ上場するまでに至ったのか?その秘密は「おせっかい」にありました。現在、急成長した会社は娘に任せ、本の出版や講演会などに忙しい毎日。

高橋 恵 「財団法人 おせっかい協会」
http://osekkai.jp/
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