「きれい生活研究所」サイト終了のお知らせ

「きれい生活研究所」は2020年10月31日で終了する事になりました。 長い間、ご愛顧いただき有難うございました。


投稿日:2013/03/08




3月です。あちこちで卒業式が行われる季節です。
希望するところに就職出来た方も、駄目だった方も、とにかく卒業の季節。そして懐かしくご自分の卒業した当時を、思い出している方もいらっしゃることでしょう。入社したものの、組織の中で希望と現実の違いに悩んだり、辛いことばかり思いだすあなたに、今回は最近出会った方々のことも含めて話をいたしましょう。

人は何かと元気がないとき、顔の表情に、いただいたメールの文字に、そんな気分が乗り移っていることに、気が付きませんか。感情はすべてに表われるのです。
K君という20代後半の青年は、私と出会う前、嫌なことがあると、すぐ顔に出すことで、仲間からも上司からも敬遠されていたことを相談にみえました。

私と12時間話して、帰られました。
戦後を生き抜いてきた人が、自分の為に一生懸命話をしてくれるその姿に、真剣に人の話を聞こうという姿勢を、心から感じたそうです。自分でもその姿勢を実行してみたら、こんなに人生が変わるのかaと思うほど、周りが変わり、それまで悩んでいたことが今では信じられないほどである、という報告がありました。

「嫌な顔しないよ」と誓って笑顔になったK君と
K君 つまり自分が変われば、相手が変わることに気付いたのでした。
自分は眠っていたと思われるようになったそれまでの時間のことや、情熱をよび醒ます出会いだったという手紙を、私は10年後に返事をしますということで、保管することを伝えました。

その後、彼は敬遠されていると感じていた上司から、一番働いているという言葉をいただいたとかで、嬉しそうな彼の姿が目に浮かぶメールをくれました。
私も嬉しくなり、その彼にメールで乾杯!!という文字を入れて送信しましたら、すぐ乾杯!!の返信。
青年と私の姿が想像できますか?それが“人間関係”というものなのです。

すべてどんな職業も、大半は人を相手に致します。
「人はみな、人を支えて 人は生きる」


このように、人として心が通い合うことは楽しいことです。

短大を卒業したとは言え、何の資格もお金も才能もない私に、営業を楽しいものと教えてくれたのは、紛れもなく、私自身の行動が人の心を動かした喜び。それ以外の何物でもありません。そう言い切れるだけの体験をしてきました。何をするにしても、人と心を通わせることができれば、自分で考え発想したことも実現出来ることを、はっきり実感できたのでした。

地方からいらしゃる男性たちも。
元気になると言ってみなさん何度もいらっしゃるのです。


「言ってみるものですねー1」

20代のころ、絶対買えそうもない金額の、40坪ずつ整地してある駅近くの高台の土地を、あの場所に新築の家を建てて住めたらいいなあ、と眺めていました。老後になるまで買えっこない金額。毎日その場所を通りながら、いつか住みたいなあ、と。そして、どうしても住みたいなあになり、覗いてみるだけでもと、不動産屋に足が自然と向いていました。
無鉄砲にも、私は20坪分売ってほしいと交渉。
言ってみるものですね。私の熱意に交渉成立。

さらに数年後、隣接地60坪を買った方が、我が家と北側で接する土地10坪を、私に売って下さいました。小さな家を壊して、30坪のところに新築の家を建てられたのは、その間、私が営業で頑張ったからでした。
今でも思い出すのは、売買契約書の3者(買主の名前が喜義、売主が喜平、不動産の代表が喜市)すべて「喜ぶ」という字が並んでいた3人の署名捺印のこと。何とも嬉しかったものです。

どうしても欲しいという願望を叶えられたのは、必ず手に入れるだけの営業力を身に付けたからでした。ともかく駄目もとでも言ってみるものです。

「言ってみるものですね−2」

ある大手メーカーの宣伝課は、何回電話しても会ってくれませんでした。
10回は粘ったと思います。
最後の言葉でした。「とにかく千年も万年も待ちます。一度お会いして話を聞いていただきたいのです。」すると、どうでしょう。
「僕の方がそんなに生きて居ないよ。それでは、今週のこの時間に。」と言って頂きました。言われた時間にきちんと行き、お会いしましたら、何と同年齢の方だったのです。そんな些細なことだけでも話が弾み、その後小さな仕事を頂き、精一杯し頑張ったおかげで、どんどん仕事が入り、大クライアントになっていきました。何度でも言ってみるものです。

「行ってみるものですね−3」

PR会社に勤務しているころ、大阪の番組枠にもクライアントの商品をとりあげてもらいたくて、直接10番組のプロデューサーにアポイントを取りました。9番組はお会いして下さることになったのですが、残り1社のN氏だけは、駄目でした。電話口で、「東京からいらしても無理ですわ」と切られてしまったのです。私は切られたN氏のいらっしゃるテレビ局へ行き、「東京からいらしても無理だと言われたN氏のお顔だけでも拝見に、東京から参りましたので、是非にと。」お願いしました。受付嬢も笑い出してしまいました。出ていらしたご本人も笑い、結局、喫茶室でお茶を頂いた上に、しっかり話まで聞いて下さったのです。
そして新幹線の中ですぐお礼状を書いて投函。最初に仕事が決まったのが、その方の番組でした。無理といわれても行ってみるものです。

春です。キッチンにも花、花、花。
花
今回は営業の楽しさの一部をお話ししました。
起業を起こしたい方、ネットワークビジネスでも始めたいと考えていらっしゃる方、何かにチャレンジしたい方に、これからどんどん元気をお届けしたいと思っています。やはり人生は立ち止まってはいけないのです。走るのです。走ると人は見てくれるのです。走っている人を見ると、人はほっとけないものなのです。

その他関連するコラム
新コンテンツ /高橋恵さんの元気になる特効薬「幸せを呼ぶ『おせっかい』のススメ」はじまる!!

高橋 恵 (たかはし めぐみ)

広告代理店、PR会社、様々な会社の営業を経て、1985年42才で二人の娘さんを抱え、会社を立ちあげる。サッカーの中田英寿選手、38才の若さで急逝したプロウィンドサーファー飯島夏樹さんなど多くのスポーツ選手のマネージメントをしているPR会社「サニーサイドアップ」創業者。
マンションの一室ではじめた小さな会社が、なぜ上場するまでに至ったのか?その秘密は「おせっかい」にありました。現在、急成長した会社は娘に任せ、本の出版や講演会などに忙しい毎日。

高橋 恵 「財団法人 おせっかい協会」
http://osekkai.jp/
幸せを呼ぶ「おせっかい」のススメ 高橋恵 著 PHP出版
http://www.php.co.jp/books/
『幸せを呼ぶ「おせっかい」のススメ』が
第29回ビジネスブックマラソン大賞で5位に入りました。