投稿日:2019/12/06

ブラジル発「駐妻」に転職しました!
〜 ワーキングウーマン の ポジティブ ラテンライフ 〜

 
気温はすでに30度超えですが、春の訪れが待ち遠しい8月最後の土曜日に、サンパウロで開かれた「Concerto de Caridade Amizade Brasil, Japão 」(日伯友好チャリティーコンサート)というイベントへ行きました。

このチャリティーコンサートを企画・実行、そしご自分も出演したのは、私の友人でもあるHiromi Coppedeさんです。Hiromi さんとは、以前に別のイベントで知り合いましたが、同時に共通の知り合いがいる事が分かり、さらに意気投合しました。彼女はフルート奏者で、7年前に結婚したイタリア系ブラジル人のご主人との間に3歳になるお嬢さんを持つママでもあります。

青森県出身の彼女は県人会との繋がりも強く、度々それらの集まりで演奏していますが、ブラジルにおける慈善団体の状況を知るにつけて、なんとかお役に立ちたいと、今回はサンパウロにある Kodomo no Sonoという知的障害者施設への寄付を目的としたチャリティーコンサートを自ら企画しました。ブラジル国内だけではなく、日本でも色々なコンサートを開き、社会貢献している彼女は、まさに日本とブラジルを繋ぐ架け橋で、エレガントなその容姿とは対照的な情熱と行動力にはいつでも感心させられます。

彼女のこの熱い思いは、様々な人を動かします。例えば、コンサート会場となったのは、ブラジル国内に展開するホテルチェーン、ブルーツリーホテルの一つですが、Hiromi さんの想いに賛同して、場所を提供してくださったのは、このホテルの最高責任者兼会長はの青木千栄子さんという方です。7歳の時にご両親と共にブラジルへ渡った青木さんは、ブラジルで有名な女性経営者で、最も成功した日系人の一人だそうです。難関のサンパウロ大学を卒業後、ウエスティンホテルなどでキャリアを積み、1998年から現職に就いてらっしゃいます。

ホテル名は、苗字から取ったとか、ご主人は、日本で建設会社社長をされている、経営者同士のご夫妻です。私は、ご挨拶程度しか面識はありませんが、以前に日本人駐妻達も彼女の講演を聞かせていただき、私達の憧れの大先輩です。コンサート開会に先立ち、日本語とポルトガル語の両方でご挨拶され、堂々かつ上品な物腰にうっとりしました。

ホテル1階にある中庭風会場は、半屋外で、ステージと客席の他に、バーコーナーや立食形式軽食も準備されています。演奏が始まる前から、飲み物サービスがあり、和気あいあいとしたムードが広がります。会場の中では、夫の会社の人や、何人かの知り合いに会い、挨拶したり、少しお喋りしてから、私達は前から3列目に座席を確保しました。

さらに、コンサート会場を彩るお花を生けてくださった方は、ブラジル生け花協会の会長、日系人ではないブラジル人男性です。失礼ながら、え?この方が生け花?と思ってしまったのですが、日本の華道に魅せられ半世紀以上にわたりその道を極められているそうです。日本とブラジルの友好をテーマに生けられ作品は、写真でご確認下さい。

そして、このチャリティーの趣旨に賛同した15組、40名以上の出演者達の演奏が次々と繰り広げられます。私の友人もライアーという楽器(小型ハープ)の弾き語りで出演しました。他に、児童合唱、女声コーラス、ピアノ演奏、バイオリンなど弦楽、ブラジルのミュージカルに出演している小学生の歌唱、そして日本の音楽のみならずボサノバやサンバ音楽などブラジルの音楽も披露され、最後の方はお約束、みんなで踊り出しました。もちろん、主催者Hiromiさんもフルート演奏をしました。

中でも、私の心を打ったのは児童合唱をしたサンパウロ日本人小学生の児童達です。ここへ通う子供達は、大抵の場合、親の転勤のために転校を余儀なくされ、友達と別れて日本を離れて来ました。そして、また自分の意思とは関わりなく、いつか再びここから転校します。小学校生活の6年間全てををここで送れる子は多くありません。

そこで、転校して行くときは、全校生徒が校長室の前に設置され「鐘」の前に集まって、その鐘を鳴らし転校生を見送ると言うのが習わしだそうです。2年前、音楽の先生としてサンパウロ日本人小学生に赴任した若い男性の先生が、この鐘を鳴らす時に、みんなで歌おう!と、曲を作ってくれました。「希望の鐘」と言う歌です。今回、この曲を披露してくれたのですが、メロディーが良いのはもちろん、歌詞が素晴らしいのです。

「何億分の一の偶然や奇跡で、この地球の裏側で出会ったけど、戸惑いながらも一緒に歩んできたから、ずっと忘れないよ」と言う意味の歌詞です。そして、サビの部分では

「別れの鐘よ 空に響け ぼくらの思いをのせて
サヨナラじやなく また会おうね
笑顔で約束しよう」

という歌詞が流れた時、私は不覚にも涙を流してしまいました。

小さな子供達の中にも、人との出会いと別れのドラマがあり、その寂しさを必死で受け止めているのだと思うと、海外転勤や帰国子女という言葉から連想される華やかで特別なニュアンスとはまた違う、切ない想いがこみ上げます。子供達なりに、抗うことの出来ない出来事に必死に耐えているのだな、と胸を震わせていたら、隣に座っていた友達のH恵さんも目頭を押さえています。「娘達の事を思い出しちゃった」と、すでに成人したお嬢さん達が、前任地の北京や香港で経験したいくつかの別れが蘇って来たと言います。小さな心で必死に友達とのサヨナラを受け止めようとしていた時の記憶がフラッシュバックしたそうです。

海外での出会いと別れは、仕方のない事です。だから、サヨナラではなく、いつかまた会おうと笑顔で約束する子供達に、胸が熱くなります。そしてこれは、子供達だけでなく、大人も同じです。こんな地球の裏側で出会ったことを大切にしたいと思う反面、その全ての人とは繋がり続けることが出来ない現実も知っています。

チャリティーコンサートは、200名以上の人達が来場しました。Hiromiさんは日頃から「このブラジルで私達が心地良く暮らせるのは、日系移民の方達の苦労と努力を重ねて得た信頼のおかげ。それに恩返ししたい」と言って、様々な活動をしています。今回のチャリティーはそんな想いの種をたくさんの人が育みました。出演者だけでなく、会場に来た人達はみな、このブラジルという国に、ここに生きる人達に、何らかの形で貢献したいと感じ、敬意を示していたように思います。

全てのパフォーマンスが終わった後、プレゼントが当たるラッキードローもありました。ブラジルの企業や、ブラジルでビジネス展開する日系企業などがスポンサーとなって沢山の賞品が提供されました。私は、バッグに付けるアクセサリーが当たりました。「相変わらずくじ運がいいというか、転んでもタダで起きないというか、、」と夫は呟いていました。

そうですよ、私は、ブラジルという国に、ここに住む全ての人達に想いが届くように、念力送ってますからね。チャリティーという言葉だけでなく、いつかこの国を離れる私でも、限られた時間の中でも何か自分に出来ることはないのか、と考える1日になりました。


●日伯の友好をテーマにした生け花。赤と白の花瓶は、日の丸のイメージ。
●この作品を生けた、ブラジル生け花協会会長。ギャップが、、。

●このコンサートを企画した、フルート奏者Hiromi Coppedeさん。
●こんなにもたくさんの企業や団体がこのイベントをサポートしてくれました。

●「希望の鐘」を歌うサンパウロ日本人小学生の児童たち。

セニョーラ・プリマベーラ

キャリアコンサルタント、ファイナンシャルプランナー。

夫の海外転勤をきっかけに、20数年間勤めた金融関係の企業を辞め、フリーランスになる。その後、地球の裏側ブラジルで人生初の専業主婦となる。知り合いもいなく、仕事をしない生活、収入のない自分の帰国後のキャリアも心配だけど〜〜今いる環境の中で、いかに心身ともにキレイに生きていくかを模索中。

女性も職業を持つのが当たり前の現代では、夫の転勤とは言え、様々な問題が立ちはだかります。私と同じように自分のキャリアとの狭間で悩んでいる人、これからその可能性のある人、、たくさんいらっしゃるはず。

キャリア=仕事だけでなく、ライフキャリア=人生そのものについて、一緒に考えてみませんか?

筆者:世界遺産イグアスの滝をバックに
滝のように人生は?レインコートは、イグアス国立公園のマスコット動物、アナグマ現地のオリジナル




1 Comment

いわちゃん

2019年12月6日 at 5:40 pm

「希望の鐘」"さよならじゃなく、また会おうね"素敵な言葉ですね。
どこにいても、出会いと別れはあるけれど、遠く離れた海外では、なおさら心に響く言葉だと感じます。あらためて、人は一人では生きていけないということ、そして、出会えた方たちへの感謝の気持ちを大切にしたいと心に刻みました。
この度も、心洗われる出会いを分けてくださり、ありがとうございます(^^)